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渡辺藍理の発言

2026-06-24 / 衆議院 / 文部科学委員会 / 文部科学委員会

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AIによる自動生成 要約

渡辺藍理委員が、次期学習指導要領における指導内容削減や「余白」の考え方について、ゆとり教育や生成AI普及との関係を質問した。

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○渡辺(藍)委員 参政党の渡辺藍理です。
 本日も、質疑のお時間をいただき、ありがとうございます。
 本日の質疑を考えるに当たって、初等中等教育に関する問題をいろいろ見ていたところ、過剰であることが共通点であるものが多く見受けられました。例えば、学校への過剰な要求、教員の過剰な勤務時間、また、学習内容や授業時間の量、質、この過剰で負担がかかることを表すカリキュラムオーバーロード、これらが挙げられます。実際、国会公報を見ると、全国各地の地方議会から、カリキュラムオーバーロードに関する意見書が複数寄せられていることが分かります。また、私の住んでいる愛知県、この中でも調べたところ、一例として、西尾市の教育委員会会議録にもカリキュラムオーバーロードについての指摘が記録されておりました。
 このカリキュラムオーバーロード、これを本質的に改善するためには、学習指導要領から指導内容を減らす必要があると考えます。しかしながら、現高等教育局長の合田哲雄氏の著書「学習指導要領の読み方・活かし方」において、指導内容を増やすことに比べ、減らすことは、どのような考え方に基づいて減らすのかの思想が問われる難しい作業である、こう記されております。
 現在、約十年ぶりの次期学習指導要領の改訂が進められていることも踏まえ、今回は、学習指導要領の指導内容削減の考え方やその思想についての質問を行いたいと思います。
 早速ですが、昨年の九月二十五日に、教育課程企画特別部会における論点整理が示されました。ここには、教育の質向上のための余白の創出という印象的なフレーズが登場します。
 指導内容の削減と聞いて多くの国民が真っ先に思い浮かべるのは、ゆとり教育という言葉に象徴された一九九八年の改訂であると思います。その後、二回の改訂を挟み、指導内容削減の議論が、余白という言葉を象徴として、再び俎上にのりました。私は、この二つの言葉は対比して捉えるべきだと考えています。
 また、一九九八年の改訂時、これはちょうどインターネットの普及とタイミングが重なっており、考える力の低下や集中力、記憶力の減退等、知識を暗記すること、この価値が問い直されたことも重要だと考えます。それがやや極端であったことから、その後の二回の改訂では揺り戻しも起きています。
 一方で、現在は生成AIの普及とタイミングが重なっており、再び、知識を暗記することの問い直し、もっと言ってしまえば、AI時代に人間は何を学ぶべきなのかという価値の問い直しがされているとも言えるのではないでしょうか。
 ここで、政府参考人にお伺いいたします。次期学習指導要領における余白とは、どのような考えに基づいているのでしょうか。そして、ゆとり教育の思想と比較して、どのような点で異なっているのでしょうか。インターネットの普及や生成AIの発展といった環境変化の要素も踏まえ、お答えいただきたいと思います。